『媚の凶刃〜X side'〜』発売御礼
『顔、足枷』
果は俺の顔が好きだ。
俺に見つめられると目をそらすくせに、自分から見つめるのはいいらしい。俺としてはそのままこう、キスしたりいちゃいちゃしたいんだけど……。
「そんなに俺の顔好き?」
からかうつもりで聞いてみたら、真面目な顔で頷かれた。そうですか……。母親と顔そっくりだからちょっと複雑。
「でも果、そう言う割に俺の顔全然描かないよね? 絵画教室で他の人の顔は描くのにさ」
前から気になってた事を、拗ねてるみたいで子供っぽいなと思いながらぶつけてみたら、果は少し目を見開いて、そして俯いてしまった。
あれ? 無神経な質問だったのかもしれない。やばい、どうしよう。
俺が焦って掛ける言葉を選んでいると、果が先に口を開いた。
「凉の絵は描けないよ」
描けない? どうして? 俺の顔好きなら、描きたくなるんじゃないの……?
ショックが顔に出てしまったのかもしれない。果が慌てて話を続けた。
「違うんだ、描きたくないってわけじゃなくて、だって多分見なくても描けるくらい凉の顔見てるし……」
「ごめんごめん、何?」
失敗した。果、自分は言葉が足りないって思ってるからなぁ。傷ついてないよって伝えたくて微笑んだら伝わったみたいで微笑み返してくれた。大丈夫、俺、果の話ちゃんと全部聞くからね。
果は言葉を選びながらゆっくり話し出した。
「凉は描けないよ。だって描いたら俺が凉を息子としてじゃなくて……愛してるってバレる。この前の版画の個展、別に人を描いてるわけじゃないのに『恋人が出来たんだろ』って指摘されたよ。俺、作品作ってる時自分の心全然隠せないんだ。もし凉を描いたのを誰かが見れば、きっと気づく。俺達の関係に。だから絶対に描くわけにはいかない……」
果は目を伏せて固い口調でそう言った。ぎゅっと握った拳が決心の強さを物語ってた。
ずるいよ、そうやって時々急に大人な部分見せるの。俺を守ろうとするの。
だってさ、芸術家って自分を全部さらけ出さないといけない仕事なんじゃないの? 俺は芸術家じゃないから今までちゃんと考えたことなかったけど、俺達の関係ってもしかして果の芸術家としての足枷になってる……?
俺がそんな考えに至って果の顔を見たら、果も俺の反応を伺うように見てた。
「描いてもいいよ」
気づいたらそう言ってた。うん、いい。 言った後もう一度自問自答してみたけど、嘘は無かった。
果は驚いたみたいでポカンとしてた。フフ、面白い。面白くて可愛い。
「描いていいよ、見てみたいし」
俺が言いたい事が伝わったのか、果は飲み込むように何度か頷いていた。それから小さく呟いた。
「……じゃあ、いつか描きたくなったら描くかも」
俺は笑って果をぎゅっと抱き締めた。俺だって果の芸術家なとこ守りたい。それが俺達の足枷になっても、果一人の足枷になるよりずっといい。
ねえ、果、幸せでいてね 。
END